未来会議

さみしさを抱きしめて

執筆者:鈴木 悠平 ( http://awai.jp.net )

「わたし結局、土地に縛られてるんだよね」

 

 よく晴れた夏の日。磐越道を走る軽の助手席で友達がそう呟いた。

 

 彼女は南相馬で生まれ育ち、東京に出て、震災が起きて福島に帰った。小高地区、かつて彼女の実家があった場所にはシロツメクサとクローバーが咲き並ぶ。

 

 「地元のことは、好きだし嫌い」「たまに遠くへ逃げたくなる」と漏らしながらも、「人が生きるには寄る辺が必要」と各地を奔走し人の輪を繋げる彼女には、強さと危うさ、やさしさとさみしさが同居する。彼女に限らず、ふくしまで生まれ育ち、震災・原発事故後の今日を生きる友たちからは、どこか似た空気を感じることがある。

 

 翻って僕は、震災以前のふくしまの想い出を何も持たない。住む場所を何度も変えながら、根無し草のようにふらふらと生きている。「縛られる」土地自体を持たない。それなのに、惹かれるようにして彼・彼女らと出会い、海を隔てて離れた今も、こうして手紙を宛てている。

 

 なぜだろうか。その理由は、答えは、だけどどうでもいい。

 

 夜ノ森の桜並木、小名浜のソープ街、いわき駅前の「夜明け市場」、郡山のホルモン焼き、田村の桃源郷「蓮笑庵」、カシャコン、カシャコンと70年以上も同じ音で布を織り上げる会津木綿の織機。この夏のいくつかの想い出、また訪ねたい場所、会いたい人。それがあるだけで、今は十分だと思う。

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